西郷隆盛の漢詩 偶成(西郷隆盛)

作者

原文

偶成

幾歷辛酸志始堅
丈夫玉碎恥甎全
我家遺事人知否
不爲兒孫買美田

訓読

偶成

幾たびか辛酸を歴(へ)て 志は始めて堅し
丈夫は玉と砕くるとも甎の全きを恥づ
我家の遺事 人 知るや否や
児孫の為に美田を買わず

たまたま出来た詩

何度もつらく苦しいことを経験してこそ、志ははじめて強固なものになる
一人前の男たるもの、玉が砕けるように立派な最後であれば死はいとわず、むしろ、瓦のようにつまらない人生を長く生きることは恥じるものである。
わが家の遺訓を人々は知っているだろうか、ひとつお教えしよう。
子孫のためには、肥沃な田畑を買って残すようなことはするな、というものだ。

偶成:たまたま出来た、の意。「無題」というのに近い。
:それ以前の状況に対して、新しい状況の開始をあらわす。
丈夫:もともと身の丈が一丈ある男の意。転じて、一人前のしっかりした男。ますらお。
玉碎:玉が砕けるように立派な最後をとげること。
甎全:甎は瓦に同じ。ここは平声しか使えないので、瓦でなく甎を使っている。瓦のように値打ちのないままに命だけを大事に生きながらえること。「玉碎」と「甎全」で対になっている。
遺事:先祖が子孫に言い残したこと。「遺法(先祖が残したきまり)」に作る本もあるが、詩意に違いはない。

餘論

「子孫のために美田を買わず」というのは西郷隆盛の言葉として有名ですが、この漢詩全体を知っている人は少ないと思います。全体の構成も、それぞれの言葉の配置も見事で、最後に結句(第4句)でいかにも人口に膾炙しそうな見事な警句を持ってくるあたりが、専業の詩人に劣らない作品です。