近藤勇の漢詩 辞世 其一(辞世 其の一)

作者

原文

辞世 其一

孤軍援絶作俘囚
顧念君恩涙自流
一片丹衷甘死節
睢陽千古是吾儔

訓読

辞世 其の一

孤軍 援 絶えて 俘囚と作(な)り
君恩を顧念すれば涙 自ずから流る
一片の丹衷 甘んじて節に死す
睢陽は千古 是れ吾が儔

辞世の詩

わが軍は孤立無援となって私はとらわれの身となり
主君の恩を思えば、自然と涙が流れる
わが胸にあふれるまごころで、甘んじて節義のために命を捨てる覚悟だ
安禄山の乱の際、睢陽の城を守って賊軍に抵抗し抜いた張巡こそ、わが永遠の仲間なのだ

俘囚:捕虜。
丹衷:「赤心」に同じ。まごころ。「丹」は赤いこと。
死節:節義のために命を捨てる。
睢陽:唐の時代、安禄山・史思明の乱の際、反乱軍に抵抗して睢陽の城を守った武将、張巡のこと。圧倒的な敵軍に包囲され、食糧も断たれながらも、奇抜な作戦を駆使して城を守ったが、最後は落城して殺された。忠臣の代表としてしばしば詩文に取り上げられる。文天祥「正気歌」にも「爲張睢陽齒(張睢陽の歯と為る)」と詠まれている。
千古:千年の昔からずっと、の意から、転じて、永遠に、永久にの意味にも用いる。
:ともがら。仲間。

餘論

題を「甲斐途上作(甲斐へ向かう途中の作)」とする本もあるのですが、近藤が捕虜となったのは、下総国流山で、そこから板橋に連行されて処刑されますので、捕虜になったあと甲斐へ向かった事実はなく、題と内容が矛盾してしまいます。「辞世」という題のほうが妥当かと思われます。起句の「作俘囚」を「一俘囚」に作る本もありますが、これだと「一」の字が同字重出になってしまうので「作俘囚」のほうを採用しました。また、転句の「甘死節」を「能殉節」に作る本もあります。近藤の墓のひとつ(近藤の首塚や墓はいろんなところにあります)がある龍源寺の詩碑も「能殉節」としてありますが、「甘んじて節に死す」のほうが「節に殉ずることができる」より強い思いが感じられるような気がするので前者を採用しました。