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7月 2016
前田慶次の漢詩(1) 夢我京洛友(我が京洛の友を夢む)
前田慶次の漢詩(1) 夢我京洛友(我が京洛の友を夢む)
2016年7月30日土曜日
作:前田慶次
旅
作者 前田慶次 原文 夢我京洛友 向東北去行路難 遙隔古郷淚不乾 我夢朋友高枕上 破窓一宿短衣寒 訓読 我が京洛の友を夢みる 東北に向かひ去って行路難し 遥…
福澤諭吉の漢詩(3) 得村正刀銘有長曾我部盛親帯之之八字(村正の刀にして銘に「長曾我部盛親之を帯ぶ」の八字有るを得たり)
福澤諭吉の漢詩(3) 得村正刀銘有長曾我部盛親帯之之八字(村正の刀にして銘に「長曾我部盛親之を帯ぶ」の八字有るを得たり)
2016年7月30日土曜日
詠史
作:福澤諭吉
作者 福澤諭吉 原文 得村正刀銘有長曾我部盛親帯之之八字 曾是英雄手裏輕 南洋風雨幾回驚 士魂空寄宝刀去 三尺芒光今尚明 訓読 村正の刀にして銘に「長曾我部盛親之を帯ぶ…
伊藤博文(いとう ひろぶみ)
伊藤博文(いとう ひろぶみ)
2016年7月18日月曜日
作者
天保12(1841)年~明治42(1909)年。幕末の長州藩士、明治時代の政治家。通称ははじめ利助、俊介、俊輔、さらに春輔(しゅんすけ)と改めた(伊藤博文の通称の変遷について詳しくは記事 「氏(うじ)・姓(か…
伊藤博文の漢詩(2) 灘浦眺望(灘の浦眺望)
伊藤博文の漢詩(2) 灘浦眺望(灘の浦眺望)
2016年7月18日月曜日
海
作:伊藤博文
作者 伊藤博文 原文 灘浦眺望 輕舸如飛截水行 風烟絶處是華城 欲雨又晴晴未定 摩耶山上片雲横 訓読 灘の浦眺望 軽舸 飛ぶが如く水を截りて行く 風烟 絶ゆ…
伊藤博文の漢詩(1) 航西舟中作(航西舟中の作)
伊藤博文の漢詩(1) 航西舟中作(航西舟中の作)
2016年7月18日月曜日
海
作:伊藤博文
幕末
旅
作者 伊藤博文 原文 航西舟中作 艨艟遙到歐羅巴 指點看過佛利加 浩浩碧天雲捧月 茫茫蒼海浪生花 一年身作他郷客 萬里神飛故国家 昨夜南溟今已盡 囘頭帆上北…
春帆樓碑文 (日清講和記念碑文)
春帆樓碑文 (日清講和記念碑文)
2016年7月3日日曜日
山口県
戦
碑文
作者 伊東巳代治 原文 馬關海峡為内海咽喉以二條水道通玄海洋内外舩舶徂徠者無不過此古有臨海館今有春帆樓共為待遠客之所云樓負山面海東仰壽永陵西俯瞰街衢朝暉夕陰気象萬千令人不遑應接聞樓之所在原係阿彌陀…
武田信玄の漢詩(1) 新正口號(新正口号)
武田信玄の漢詩(1) 新正口號(新正口号)
2016年7月3日日曜日
花
作:武田信玄
新年
作者 武田信玄 原文 新正口號 淑氣未融春尚遅 霜辛雪苦豈言詩 此情愧被東風笑 吟斷江南梅一枝 訓読 新正口号 淑気 未だ融けず 春 尚ほ遅し 霜辛 雪苦 …
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