天保4(1833)年~明治10(1877)年。長州藩出身。幕末~明治はじめの志士・政治家。長州藩を代表して薩長同盟を締結し、倒幕に向かう時代の流れを決定づけた。維新後は明治政府の最高実力者の一人として数々の改革を主導し、維新三傑のひとりと評される。漢詩については早くからその才能を発揮し、十代の頃すでに藩主の前で即興の詩を披露し褒章を受けたという。名字はもともと「桂」だが(7歳のとき桂家の養子となった)、慶應2年に長州藩主毛利敬親から「木戸」の名字を賜った。小五郎は通称、孝允は諱である。号は松菊。漢詩は没後に『松菊遺稿』としてまとめられている。