作者

榎本武揚(えのもと たけあき)

天保7年8月(1836年10月)~明治41年(1908年)10月。幕末から明治にかけての武士、政治家。通称は釜次郎、号は梁川。幕臣榎本武規の次男として江戸に生まれ、昌平坂学問所で漢学を学んだあと、長崎海軍伝習所で洋学を学んだ。文久3年(1863年)4月から慶応2年(18...

榎本武揚 幕末

出五稜郭(榎本武揚) / 五稜郭を出づ

作者 榎本武揚 原文 出五稜郭 七重濱接五稜郭 耳熟朝朝喇叭聲 一夜松杉林外雨 懷來感往到天明 訓読 五稜郭を出づ 七重浜は接す 五稜郭 耳は熟す 朝朝喇叭の声 一夜 松杉林外の雨 懐来感往 天明に到る 訳...

榎本武揚

醉後吟(榎本武揚) / 酔後の吟

作者 榎本武揚 原文 醉後吟 五稜郭畔望江城 流落天涯孤客情 有約明年鏖逆賊 滿城春色調千兵 訓読 酔後の吟 五稜郭畔 江城を望む 天涯に流落す 孤客の情 約有り 明年 逆賊を鏖し 満城の春色 千兵を調せん ...

板垣退助

戊辰作(板垣退助) / 戊辰の作

作者 板垣退助 原文 戊辰作 出師未曾汚天兵 一死只期竹帛名 彈子飛行亂如雨 喜見壯士躍登城 訓読 戊辰の作 出師 未だ曾て天兵を汚さず 一死 只だ期す 竹帛の名 弾子 飛び行きて 乱るること雨の如し 喜び見る...

作者

板垣退助(いたがき たいすけ)

天保8年4月(1837年5月)~大正8年(1919年)7月。幕末~明治の武士、政治家。土佐藩の上士乾(いぬい)正成の嫡男として生まれた。諱は正躬(まさみち)、のち正形(まさかた)。退助は通称。号は無形。乾家は武田信玄の重臣板垣信方の子孫にあたるが、信方の子・信憲が不行跡...

島津久光 幕末

兵庫沖偶成(島津久光)

作者 島津久光 原文 兵庫沖偶成 從出家郷已幾旬 轎舟渡得幾關津 此行何事人知否 欲拂扶桑國裏塵 訓読 兵庫沖偶成 家郷を出でてより已に幾旬 轎舟 渡り得たり 幾関津 此の行 何事か 人 知るや否や 払はんと欲...

島津久光

暮春山荘(島津久光)

作者 島津久光 原文 暮春山荘 山風陣陣拂簾帷 幽檻方看竹樹滋 蜂蝶不知春色減 尋芳幾度上空枝 訓読 暮春山荘 山風 陣陣として簾帷を払ふ 幽檻 方に看る 竹樹の滋きを 蜂蝶 知らず 春色の減ずるを 芳を尋ねて...

作者

島津久光(しまづ ひさみつ)

文化14年10月(1817年12月)~明治20年(1887年)12月。幕末~明治の武士、政治家。諱ははじめ忠教(ただゆき)、のち久光に改名。号は徳洋、大簡、双松、玩古道人、無志翁など。幕末薩摩藩の最高実力者として公武合体からやがて倒幕へ向かう政局に大きな影響を及ぼした。...

徳川光圀

正木湖卽詠(徳川光圀) / 正木湖即詠

作者 徳川光圀 原文 正木湖卽詠 正木湖邊棹夕暉 水煙風暖晩涼微 暫時倚枻放望眼 點破靑松白鷺飛 訓読 正木湖即詠 正木湖辺 夕暉に棹させば 水煙 風暖かにして 晩涼 微なり 暫時 枻に倚りて望眼を放てば 青松...

作者

大塩平八郎(おおしお へいはちろう)

寛政5年1月(1793年3月)~天保8年3月(1837年5月)。江戸時代後期の武士、儒学者。平八郎は通称、諱は正高、のち後素。号は中斎。室号は洗心洞。 大坂東町奉行所組与力をつとめ、奉行所内部の汚職事件を摘発するなど、不正に厳しい硬骨漢として評判を集めた。腐敗...

詠史 大塩平八郎

四十七士(大塩平八郎)

作者 大塩平八郎 原文 四十七士 臥薪嘗膽幾辛酸 一夜劍光映雪寒 四十七碑猶護主 凛然冷殺奸臣肝 訓読 四十七士 臥薪嘗胆 幾辛酸 一夜の剣光 雪に映じて寒し 四十七碑 猶ほ主を護り 凛然として冷殺す 奸臣の肝...

徳川光圀

脩竹不受暑得琴字(徳川光圀) / 脩竹 暑を受けず 琴字を得たり

作者 徳川光圀 原文 脩竹不受暑得琴字 脩竹垂垂坐翠蔭 不知九夏溽蒸侵 此君借取涼風手 彈得無絃靖節琴 訓読 脩竹 暑を受けず 琴字を得たり 脩竹 垂垂として翠蔭に坐せば 知らず 九夏 溽蒸の侵すを 此君 涼風の手...

詠物 徳川光圀

詠日本刀(徳川光圀) / 日本刀を詠ず

作者 徳川光圀 原文 詠日本刀 蒼龍猶未昇雲霄 潛在神州劔客腰 髯虜欲鏖非無策 容易勿汚日本刀 訓読 日本刀を詠ず 蒼龍 猶ほ未だ雲霄に昇らず 潜んで 神州 剣客の腰に在り 髯虜 鏖(みなごろ)しせんと欲すれば策無...

作者

徳川光圀(とくがわ みつくに)

寛永5年6月(1628年7月)~元禄13年12月(1701年1月)。御三家のひとつ水戸藩の第2代藩主。号は梅里、諡は義公。 初代水戸藩主徳川頼房の三男として生まれた。徳川家康の孫にあたる。少年時代は素行が悪かったが、18歳のとき、『史記』「伯夷伝」を読んで感銘...

作者

大久保利通(おおくぼ としみち)

文政13年8月(1830年9月)~明治11年(1878年)5月。幕末から明治にかけての武士、政治家。木戸孝允、西郷隆盛とともに「維新三傑」と称せられる。 薩摩藩の下級武士、大久保利世の長男として生まれた。通称ははじめ正助(しょうすけ)であったが、のち、主君島津久光の...

海外 大久保利通

下通州偶成(大久保利通) / 通州を下りての偶成

作者 大久保利通 原文 下通州偶成 奉勅單航向北京 黑煙堆裏蹴波行 和成忽下通州水 閑臥蓬窓夢自平 訓読 通州を下りての偶成 勅を奉じて単航 北京に向かひ 黒煙堆裏 波を蹴って行く 和 成りて忽ち下る 通州の水 閑...

海外 大久保利通

龜山陣中作(大久保利通) / 亀山陣中の作

作者 大久保利通 原文 龜山陣中作 大海波鳴月照營 誰知萬里遠征情 孤眠未結還家夢 遙聽中宵喇叭聲 訓読 亀山陣中の作 大海 波鳴って 月 営を照らす 誰か知らん 万里遠征の情 孤眠 未だ結ばず 家に還る夢 遥...

海外 大久保利通

訪石門戰場偶成(大久保利通) / 石門の戦場を訪ねての偶成

作者 大久保利通 原文 訪石門戰場偶成 王師一到忽摧兇 戰克三千兵氣雄 請看皇威及異域 石門頭上旭旗風 訓読 石門の戦場を訪ねての偶成 王師 一たび到れば忽ち兇を摧(くじ)き 戦 克って三千の兵 気 雄なり 請ふ看...

伊藤博文 富士山

日出(伊藤博文)

作者 伊藤博文 原文 日出 日出扶桑東海隈 長風忽拂嶽雲來 凌霄一萬三千尺 八朶芙蓉當面開 訓読 日出 日は出づ 扶桑 東海の隈 長風 忽ち岳雲を払ひて来たる 凌霄 一万三千尺 八朶の芙蓉 面に当たりて開く ...

幕末 木戸孝允

丙寅早春到浪華(木戸孝允) / 丙寅早春 浪華に到る

作者 木戸孝允(桂小五郎) 原文 丙寅早春到浪華 天道未知是邪非 陰雲四塞日光微 我君邸閣看難見 春雨和淚滿破衣 訓読 丙寅早春 浪華に到る 天道 未だ知らず 是か非か 陰雲 四塞して日光 微かなり 我が君の邸閣 ...

幕末 木戸孝允

丙寅孟春潛泝淀水過天王山下有感(木戸孝允) / 丙寅孟春、潛かに淀水を泝(さかのぼ)り、天王山下を過ぎて感有り

作者 木戸孝允(桂小五郎) 原文 丙寅孟春潛泝淀水過天王山下有感 勤王唱義已多歳 欲向何人説杞憂 此夜孤篷無限恨 滿川風雨不勝秋 訓読 丙寅孟春、潛かに淀水を泝(さかのぼ)り、天王山下を過ぎて感有り 勤王 義を唱ふること已に多...