松平春嶽 感懷(感懐)

作者

原文

感懷

更漏沈沈夜正長
西窓繙帙倚筐牀
現華燈底明如晝
閲到英書第幾章

訓読

感懐

更漏 沈沈として夜 正に長し
西窓 帙を繙きて筐牀に倚る
現華灯底 明らかなること昼の如し
閲し到らん 英書の第幾章

思うこと

水時計が時を知らせる音が響き、静かにふけていく夜は本当に長い
西側の窓のそばで書物を開き、腰かけにすわる
窓の外の街灯のおかげで部屋はまるで昼のように明るい
さて、この英語の本の第何章まで読み進めることができるだろう

更漏:水時計が時を知らせる音。
沈沈:夜がふけるさま。
繙帙:書物を開く。「繙」は結んである紐をとくこと。「帙」は保管のため書物を包むおおい。
筐牀:竹製の腰かけ。「筐」は竹製の四角なかご。「牀」は腰かけと寝台を兼用できる家具。
現華燈:明治初期に用いられたガス灯・石油灯
:よく調べながら読む
英書:英語で書かれた本。

餘論

春嶽は、藩主時代に洋書習学所を設置して洋学の書物の翻訳を進めるなど、西洋の学問導入に深い理解と関心を持っていました。自身も積極的に洋学を学んでいたようで、みずから書き写した英語の教科書なども残っています。

古来、読書は詩の題材として数え切れないほど多く詠まれてきました。この詩も、前半はそれら過去の詩とあまり変わり映えしない道具立てですが、後半に入ると明治の文明開化を象徴する「現華燈」の昼のような明るさのなかで「英書」を読むという新時代ならではの読書風景を描き出して、非凡な作品に仕上げられています。