華岡青洲の漢詩 秋夜即事

作者

原文

秋夜即事

半夜寒燈自寂寥
月明烏鵲繞庭條
窗前蟲語聲也切
旅客擧頭歸思遙

訓読

秋夜即事

半夜の寒灯 自ずから寂寥
月 明らかにして烏鵲 庭条を繞る
窓前の虫語 声や切にして
旅客 頭を挙ぐれば 帰思 遥かなり

秋の夜の即興作

夜中の冷え冷えとした灯火は自然とものさびしく
月明かりのなかカササギが庭木の枝のまわりをめぐって、どの枝に止まろうかと迷っている(故郷を遠く離れて仮住まいの私のよるべなさに似ている)
窓の外で鳴いている虫の音たるや、なんとも切なく
他郷にある身の私は頭をあげて夜空を仰ぐにつけ、はるかなる故郷へ帰りたい思いがつのるばかりだ

即事:起こったこと、見たこと、感じたことをそのまま述べた詩のこと
半夜:夜中
月明烏鵲繞庭條:曹操《短歌行》「月明星稀 烏鵲南飛 繞樹三匝 何枝可依(月明らかに星稀に 烏鵲南に飛ぶ 樹を繞ること三匝 何れの枝にか依るべき)」を踏まえる。「烏鵲」はカササギ。
:助字。名詞や名詞句の後に置かれ、文の主題などを提示するはたらきをする。~というものは、~たるや。
旅客:旅人だけでなく、故郷を離れて住む人も「客」という
擧頭:頭をもたげる。李白《静夜思》「擧頭望山月 低頭思故郷」
歸思:帰りたいという思い。

餘論

青洲が故郷を離れていたのは、天明2年(1782年)から天明5年(1785年)までの京都遊学の期間だけなので、この詩はその時期に作られたものと考えられます。京の都ですから、故郷に比べればはるかに賑やかだったわけですが、青洲にしてみれば、それがかえって望郷の念を強めたのかもしれません。