松平春嶽の漢詩 偶成

作者

原文

偶成

眼見年年開化新
研才磨智競謀身
翻愁風俗流浮薄
能守忠誠有幾人

訓読

偶成

眼に見る 年年 開化の新たなるを
才を研き 智を磨きて 競ひて身を謀る
翻って愁ふ 風俗の浮薄に流るるを
能く忠誠を守るは幾人か有る

思いがけず出来た詩

年ごとに文明開化が新たに進んでいくのを目の当たりに見る
人々は自分の才知を磨き、競って立身出世を図っている
かえって心配になるのは、世の風潮が軽佻浮薄に流れているのではないかということだ
自分を捨ててでも国に忠誠を尽くすことのできる人はいったい何人いることだろう

開化:明治の文明開化
研才磨智:「研磨才智(才智を研磨す)」に同じ。「研」も「磨」も「みがく」
謀身:自分の身のためになるよう考えをめぐらす
:ぎゃくに、かえって

餘論

明治維新後、日本は国家をあげて、近代化という名の西洋化に邁進していきます。これにより、西洋の学問・技術を身につけることが立身出世に直結する仕組みが出来上がり、多少なりとも野心のある人々は、競って勉学に励むようになります。そのこと自体は決して悪いことではなく、近代日本の発展の原動力であったといえます。松平春嶽自身、藩主時代には洋学を奨励し、洋式大砲や洋式砲術を導入するなど西洋化の必要性は誰よりも理解していたはずですから、「年年開化の新たなる」ことや「才を研き智を磨く」こと自体を否定する意図はなかったでしょう。ただ、命がけで国事に奔走していた幕末の志士たちに接してきた春嶽からすると、当時の社会の先頭に立つ者たちが、どうもわが身の出世が第一のように見えてしまい、心配せずにはいられなかったのだと思います。そういう意味では、単なる世相批判の詩というより、社会への叱咤激励の詩なのではないかという気がします。