作者

原文

四十七士

臥薪嘗膽幾辛酸
一夜劍光映雪寒
四十七碑猶護主
凛然冷殺奸臣肝

訓読

四十七士

臥薪嘗胆 幾辛酸
一夜の剣光 雪に映じて寒し
四十七碑 猶ほ主を護り
凛然として冷殺す 奸臣の肝

赤穂四十七士

赤穂浪士たちは薪の上に寝、苦い胆をなめるような辛く苦しい思いを幾度味わったことであろう
討ち入りのその夜、彼らの刀の光は雪を冷え冷えと照らしていた
四十七士は死して墓となっても今なお揃って主君を守っており
その凛々しく厳しいさまを見れば、よこしまな思いをいだく臣は肝を冷やさずにはおれないのだ

四十七士:忠臣蔵で有名な赤穂四十七士。亡き主君浅野長矩(内匠頭)の仇を討つため、元禄15年12月14日(1703年1月30日)、吉良義央(上野介)の屋敷に乗り込み、吉良の首を取った。事件後、幕府の命により切腹、主君と同じ江戸高輪の泉岳寺に葬られた。
臥薪嘗胆:毎日、薪の上で寝て痛みを感じたり、肝をなめて苦みを感じたりすることによって、恨みや恥を忘れず雪辱やかたき討ちの決意を堅くすること。中国の春秋時代、激しく抗争した呉王夫差と越王勾踐の故事から。
辛酸:つらく苦しいこと。
四十七碑:赤穂四十七士の墓。「碑」は事跡を彫って建てておく石のことだが、ここでは墓碑のこと。「四十七墓」とすると「墓」が仄声のため平仄に合わず、平声の「碑」を用いたものであろう。実際には、泉岳寺には、討ち入り後切腹した四十六人の墓に加え、討ち入り後(討ち入り前という説もある)に姿を消して切腹をまぬかれた寺坂信行(吉右衛門)と、討ち入り前に切腹した萱野重実(三平)の供養塔を含む四十八基の墓がある。
凛然:凛々しく厳しいさま
冷殺:「冷」は動詞の「冷やす」。「殺」は意味を強調するための助字。
奸臣:よこしまな思いをいだく臣下。

餘論

全篇、大塩先生の気迫がみなぎる詩で、われわれ小人の批評などおこがましいと感じてしまいます。