徳川光圀の漢詩 脩竹不受暑得琴字(脩竹 暑を受けず 琴字を得たり)

作者

原文

脩竹不受暑得琴字

脩竹垂垂坐翠蔭
不知九夏溽蒸侵
此君借取涼風手
彈得無絃靖節琴

訓読

脩竹 暑を受けず 琴字を得たり

脩竹 垂垂として翠蔭に坐せば
知らず 九夏 溽蒸の侵すを
此君 涼風の手を借取して
弾き得たり 無絃靖節の琴

「長い竹は夏バテしない」という題で「琴」の字を韻字に割り当てられた

長い竹の葉が垂れさがっている、その葉陰にすわれば
夏三ヶ月の蒸し暑さが迫ってくることなど気にはならない
晋の王徽之が「此の君」と呼んだ竹は、涼風の手を借りて
陶淵明が持っていたという弦のない琴を弾くことができるらしく、竹藪から清らかな風音が聞こえてくる

脩竹:長く伸びた竹。
受暑:暑気あたりする。夏バテする。
得琴字:詩会で参加者に韻に踏む字を割り当てた際に、「琴」の字を割り当てられた。
垂垂:葉が垂れさがっているさま
翠蔭:緑陰に同じ。夏の木陰。「蔭」は仄字であり、踏み落とし(韻を踏むべき場所で韻を踏まないこと)になっているが、もし同じ意味の「陰」の字であれば侵韻の平声であり、きちんと韻を踏むことになる。あるいは書写の誤りで「蔭」と伝えられているのかもしれない
九夏:九旬(九十日、三ヶ月)の夏。
溽蒸:蒸し暑さ
此君:竹の別名。晋の王徽之が竹をこよなく愛し「何可一日無此君邪(何ぞ一日として此の君無かるべけんや)」と述べたという故事にもとづく。
借取:「取」はほぼ助字に近く、「借り取る」というほどの意味はなく、単に「借りる」と考えてよい
無弦靖節琴:「靖節」は陶淵明の諡。陶淵明は弦のない琴を持っていたという。蕭統(昭明太子)《陶靖節傳》「淵明不解音律,而蓄無絃琴一張,毎酒適,輒撫弄以寄其意」

餘論

おそらく詩会で出されたお題に従って作った詩と思われます。さらに、参加者各人に韻字の割り当てもされていて、黄門さまは「琴」の字を韻に使わなければならなかったわけです。そのような制限のある条件のもとで、王徽之や陶淵明の故事を盛り込みながら、竹がもたらす涼しさ、清らかさを描き出しており、立派な詩です。さすが黄門さまだけあって、学者顔負けの知識と教養を備えていたことが見てとれます。