榎本武揚の漢詩 醉後吟(酔後の吟)

作者

原文

醉後吟

五稜郭畔望江城
流落天涯孤客情
有約明年鏖逆賊
滿城春色調千兵

訓読

酔後の吟

五稜郭畔 江城を望む
天涯に流落す 孤客の情
約有り 明年 逆賊を鏖し
満城の春色 千兵を調せん

酔った後に作った詩

五稜郭のほとりから遠く江戸の方角を望み見れば
地の果てで落ちぶれた孤独なよそ者としてのさびしい思いがこみあげてくる
だが私は仲間と誓っている、来年になったら薩長の逆賊どもを皆殺しにして江戸を奪還し
街いっぱいにあふれる春景色の中で何千もの我が軍の兵を訓練することを。

五稜郭:江戸時代末期に幕府によって箱館郊外に作られた稜堡式城郭。慶応2(1866)年の完成から2年で幕府は崩壊し、新政府が設置した箱館府の政庁が置かれたが、明治元年10月(1868年12月)に榎本武揚率いる旧幕府軍に占領され、その本拠地となった。
江城:江戸。
流落:落ちぶれて流浪すること。
天涯:天の果て。非常に遠いところ。
孤客:「客」は本来いるべき場所(家や故郷)を離れている人のこと。「旅人」と訳すことが多いが、旅に限らず、仕事などの事情で故郷を離れている人も「客」である。
:約束、あるいは誓い。
逆賊:薩長中心の新政府軍。旧幕府軍から見れば逆賊である。
滿城:街いっぱいの。ここでいう「城」は起句で遠く望み見ている江戸である。
調:訓練する。「調教」の「調」

餘論

明治元年10月に五稜郭を占領した旧幕府軍は、11月には新政府方の松前藩を攻めて降伏させ、12月には箱館政権を樹立して、榎本が総裁に選出されます。詩中、「明年」とあるので、年末に作られた詩と推測されます。「約有り」というのは、箱館政権を樹立した仲間と誓い合ったということでしょう。

「城」字の重出・冒韻が残念ですが、作者の悲壮な思いが伝わってくる詩です。