渋沢栄一の漢詩 己巳元旦書感(己巳元旦感を書す)

作者

原文

己巳元旦書感

義利何時能两全
每逢佳節思悠然
回頭愧我少成事
流水開花九十年

訓読

己巳元旦書感

義利 何れの時にか能く両(ふた)つながら全き
佳節に逢ふごとに思ひ悠然たり
頭を回して我が事を成すこと少なきを愧づ
流水 開花 九十年

己巳の年(昭和4年)元旦の感慨を書きつける

社会正義と企業の利益のふたつが完全に両立することができるのはいったいいつのことだろうか
元旦というめでたい時を迎えるたびに、私はゆっくりとこのことを思うのだ
過去を振り返って恥ずかしく思うのは、私の成し遂げたことの少なさだ
水は流れゆき、花は咲いては散り、あっという間に九十年が過ぎ去った

義利:義と利。つまり社会正義と企業利益。
佳節:よい時節。おめでたい時節。ここでは元旦。
回頭:過去を振り返る。

餘論

昭和4年の作品ですから、渋沢が亡くなる2年前ということになります。当時の経済の状況を見ると、昭和2年(1927年)3月には昭和金融恐慌が発生、この詩が作られた昭和4年(1929年)の10月には世界大恐慌が発生するなど、経済不安が強まっていく時期でした。「日本資本主義の父」にして500以上の企業を設立した渋沢に「我が事を成すこと少なきを愧づ」と言われると、謙遜が過ぎて嫌味に感じるかもしれません。しかし、日本資本主義の父であればこそ、当時の経済・社会状況を目の当たりにして忸怩たる思いを抱いたことは確かでしょうし、「自分が成し遂げてきたことはまだまだ不十分だった」というのは偽らざる思いだったでしょう。