武田信玄の漢詩 薔薇 其一(薔薇 其の一)

作者

原文

薔薇 其一

庭下留春暁露濃
淺紅染出又深紅
清香疑自昆明国
吹送薔薇院落風

訓読

薔薇 其の一

庭下に春を留めて暁露濃やかなり
浅紅 染め出だして 又 深紅
清香 疑ふらくは昆明国よりかと
吹き送る 薔薇院落の風

薔薇 其の一

薔薇の花は庭に春を留め、朝露が美しく光る
その花の紅は染められたかのように、あるいは浅く、あるいは深い
あまりに清らかな香りがするので、薔薇水を献上したことで有名な昆明国から漂ってくるのかと疑ったが
庭を吹く風が薔薇の香りを送ってきているのであった

薔薇:バラ。
昆明:中国雲南地方の中心地。熱帯の緯度に位置するが、標高2000メートル近い高原地帯にあるため、夏は涼しく冬は温暖で、一年中春のような気候であるため古来、「春城」の異名を持つ。漢の武帝が征服するまでは独立国で、その後も唐代には「南詔」、宋代には「大理」という独立国として存在した。南唐(937~975)の張泌の《妝樓記》に「周顯德五年,昆明國獻薔薇水十五瓶,云得自西域,以灑衣,衣敝而香不滅。(後周の顕徳5年=958年、昆明国が薔薇水という香水を15瓶献上してきた。西域から手に入れたもので、これを衣服にふりかけると、衣服がボロボロになっても香りはまだ残っているという。)」という記事があり、この詩はそれを踏まえているらしい。
院落:庭。庭園。

餘論

現在では薔薇の花というと、西洋から入ってきた薔薇を思い浮かべますが、当時はまだ日本に入ってきていなかったので、信玄が愛でていたのは別のものです。日本に自生する薔薇となるとノイバラですが、ノイバラの花は白か淡紅色ですので、「淺紅染出又深紅」という句に当てはまりません。中国原産のコウシンバラ(庚申薔薇)は別名「月月紅」というように赤い花を咲かせますし、古くから日本に入ってきて、栽培されていたようですので、おそらくこちらのほうなのでしょう。