武田信玄の漢詩 古寺看花(古寺に花を看る)

作者

原文

古寺看花

紺藍無處不深紅
花下吟遊勝会中
身上從教詩破戒
擧杯終日醉春風

訓読

古寺に花を看る

紺藍 処として深紅ならざるは無し
花下の吟遊 勝会の中
身上 さもあらばあれ 詩 戒を破るは
杯を挙げて終日 春風に酔ふ

古寺で花見をする

寺は今、花の盛りで、どこもかしこも深紅でないところはない
すばらしい宴会のさなか、花の下を歩きまわりながら詩を作る
私自身といえば、作った詩がルールを破っていても、それはそれでかまいはしない
杯を挙げて一日中、春風にふかれて酒に酔うばかり

紺藍:寺のこと。「紺」は紺宇、紺園、紺殿など、他にも寺をあらわす言葉に用いる。「藍」は「伽藍」の「藍」であろう。
吟遊:詩を作りながら旅する、歩きまわる
勝会:すばらしい集まり、宴会
身上:一身上のこと。身の上。また、体。ここでは「私自身といえば」ぐらいの意味か。
從教:「さもあらばあれ」と訓じて「以下のことにかまいはしない、どうでもよい」を意味する。
:ここでは漢詩のルールのこと。漢詩、特に近体詩(絶句・律詩)には平仄・押韻・用語にこまかいルールがある。

餘論

信玄が花見を詠んだ詩です。「詩のルールなんて破っても気にしない」といいながら、平仄・押韻きっちり規則通りに作っているところが素敵です。「家康なんて相手にしない」という素振りで浜松城を素通りしながら、家康が城を出て追ってくるや、万全の態勢で迎撃して圧勝した三方ヶ原の戦いを思い起こさせるトボケぶりです。

「紺藍」というのはあまり見ない語ですが、当時の日本の漢詩文化を担っていた禅僧のあいだでは使われていたのかもしれません。寺を意味するもっと一般的な言葉ではなく、あえてこの言葉を使用しているのは、自身の知識を誇示するという意図だけでなく、「紺」「藍」という色を示す字を用いることで「深紅」と対比させる意図もあるものと思われます。