大塩平八郎の漢詩 春夜散歩到櫻廟(春夜 散歩して桜廟に到る)

作者

原文

春夜散歩到櫻廟

幽懷違世厭喧嘩
行楽夜深曳杖賖
鮮車白日繁華地
只有姮娥*宿花
(*は欠字)

訓読

春夜 散歩して桜廟に到る

幽懐 世に違ひ喧嘩を厭ふ
行楽 夜 深くして杖を曳くこと賖(ゆるや)かなり
車 鮮(すくな)し 白日 繁華の地
只だ姮娥の宿花を*する有り

春の夜、散歩して桜ノ宮まで行く

私の胸の内にある思いは世の中の大勢と合わず、やかましいところは嫌いだ
そこで行楽に行くのも深夜になってから、杖をつきながらゆっくりと歩くのだ
昼間は繁華の地だが、夜ともなれば行きかう人もほとんどなく
ただあるのは、去年と同じ桜を月が照らす景色だけだ

櫻廟:大川東岸の桜宮神社(大阪市都島区中野町)。現在、その周辺の大川東岸は桜之宮公園として整備されている。
幽懷:心の奥深くいだく思い。胸の中。
喧嘩:やかましいこと。「ケンカ」ではない。
行楽:遊び楽しむこと。
:ゆるやか。おそい。
:すくない。ほとんどない。《論語・学而》「巧言令色、鮮矣仁。」
:文字通りには馬車のことだが、ここでは広く人の行き来のことを指す。
白日:昼間。日中。
姮娥:「嫦娥」に同じ。月の別名。中国古代の伝説で、姮娥はもともと羿(弓の名人)の妻で、夫が西王母(崑崙山に住む仙女)から得た不死の薬を盗んで飲み、仙女となって月に逃げ月の精となったという。
宿花:一年ぶりの花。去年と同じ花。

餘論

先日(4月6日)、大阪市で桜の満開が発表されました。桜宮神社周辺の大川両岸は江戸時代から桜の名所として知られており、現在でも、東岸の桜之宮公園、西岸の「造幣局の桜の通り抜け」ともに花見スポットとして有名です。大塩平八郎の自宅兼私塾「洗心洞」(現在の造幣局官舎内)からも非常に近く、花見に行くには絶好の場所だったでしょう。しかし、世におもねることのできない大塩先生は享楽的な花見客でごった返すところへ出かけていくことはできず、夜が深まり人がいなくなってから、月に照らされる夜桜をひとり静かに眺め、鬱屈した思いをなぐさめていたようです。

なお「洗心洞詩文」にはところどころ欠字があり、この詩も結句の5字目が欠字になっていますが、前後の文脈から想像して「照」ぐらいだったのではないかと思い、訳もそのようにしておきました。