武市半平太の漢詩 初聞蟬(初めて蝉を聞く)

作者

原文

初聞蟬

炎威赫赫日流金
獄裏蒸炊又那禁
時羨新蟬尤肆意
窗前緑樹吸風吟

訓読

初めて蝉を聞く

炎威 赫赫として 日々金を流す
獄裏の蒸炊 又た那(なん)ぞ禁(た)へん
時に羨む 新蝉の尤も意を肆(ほしいまま)にし
窓前の緑樹に風を吸ひて吟ずるを

初めて蟬の声を聞く

暑さの勢いはさかんで日々、金をも溶かすほどである
牢獄の中はまるで蒸し炊きされているようで、とても耐えられない
おりしも羨むのは、今年初めての蝉がとりわけ思うままにふるまい
窓の前の青々と茂る樹にとまって風を吸っては歌うように鳴いている様子だ

炎威:暑さの勢い、力。
赫赫:さかんなさま。 
流金:金を溶かして流す。非常な暑さの形容。「流金鑠石(金を流し石を鑠かす)」「流金焦土(金を流し土を焦がす)」などの形でも使われる。
蒸炊:蒸したり炊いたりすること。蒸し暑さの比喩。
:どうして~だろうか、~でない。反語。
:耐える。
:もっとも。はなはだ。とりわけ。
肆意:思うままにする。わがまま勝手にふるまう。

餘論

一時は土佐勤王党を率いて土佐藩の実権を握り、攘夷派の公家に通じて朝廷をも動かし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった武市ですが、文久3年(1863年)の八月十八日の政変で中央政局の主導権が尊攘派から公武合体派へ移ったのを機に、土佐藩の最高実力者山内容堂によって土佐勤王党は弾圧されて壊滅、武市も失脚し、9月には投獄されました。 この詩は投獄の翌年の夏の詩です。「初聞蟬」の「初」はもちろん、「その年初めて」の意味ですが、同時に、「獄中で初めて」の意味もこめているでしょう。

漢詩においては、蝉は高潔な存在として描かれることが多く、特に秋の蝉は、何も食べずに清らかな露をすすって鳴くものだと考えられていました。この詩の蝉は夏の蝉ですから、非常に元気で、秋の蝉のような悲壮感はありませんが、蝉が持つ高潔なイメージは下敷きにしていると考えるべきです。今こそ我が世の春とばかりに思いのままに元気に鳴いている蝉は、まるでかつての武市本人のようで、だからこそ羨まずにはいられないのです。夏の蝉がかつての武市だとすれば、今、すべてを失って投獄されている武市は、まさに秋の蝉であり、どんな逆境にも清らかさを失わない高潔な存在だということになります。少し遠まわしですが、蝉のイメージを利用して自らの正当性と潔白をうったえた詩だと言えます。