登富士山 其二(大塩平八郎) 富士山に登る 其の二

2017年7月1日土曜日

大塩平八郎 富士山


作者

原文

登富士山

千年雪映千年月
況復紅輪未曉昇
下界祇今猶夢寐
枕頭暗暗五更燈

訓読

富士山に登る 其の二

千年の雪は映ず 千年の月
況んや復た紅輪の未だ暁けて昇らざるをや
下界 祇だ今 猶ほ夢寐にして
枕頭 暗暗たらん 五更の灯

富士山に登る

千年のあいだとけることのない雪が千年変わることない月に輝く
夜が明けて太陽が昇ってくる前では、その美しさはなおさらだ
下界では今はまだ夢のただ中
枕元には未明の灯火が暗くともっていることだろう

況復~:まして~はなおさらだ
夢寐:夢を見ている間。寝ている間。
枕頭:「頭」は「~のそば、~のあたり」の意。枕元。
暗暗:くらいさま
五更:午前4時ころ

餘論

天保4年7月17日(1833年8月31日)、大塩先生はみずから富士山に登り、4月に書き終えた自著『洗心洞剳記』を山頂の石室に納めました。その時に詠んだ詩二首のうちの一首です。読書録の形式で「知行合一」を説いた自著を霊峰の山頂に納め、静かに眠る下界を見下ろしながら、どんなことを思ったのでしょう。この年の秋は冷害と台風で米の収穫が激減し、天保の大飢饉が始まります。大塩先生挙兵の4年前のことです。