西郷隆盛の漢詩 秋曉(秋暁)

作者

原文

秋曉

蟋蟀聲喧草露繁
殘星影淡照頽門
小窗起座呼兒輩
溫習督來繙魯論

訓読

秋暁

蟋蟀 声喧しくして 草露 繁し
残星 影 淡くして 頽門を照らす
小窓 座より起ちて児輩を呼び
温習 督し来たって 魯論を繙(ひもと)かしむ

秋の明け方

コオロギがやかましいほどに鳴き、草にはびっしりと露が降りている
夜明けの空に消えかかる星の淡い光が粗末な我が家の崩れかかった門を照らしている
小窓のそばで立ち上がって、子供たちを呼び寄せ
勉強のおさらいを言いつけて「論語」を開かせた

蟋蟀:こおろぎ
:多い、たくさん
頽門:崩れた、あるいは崩れかかった門。家が粗末なさまの表現だが、生涯、質素な暮らしを貫いた西郷であり、あながち誇張でもないだろう。
兒輩:子供(特に男の子)たち。西郷には、流罪となった奄美大島で娶った「島妻」との間に生まれた菊次郎、慶応元年(1865年)に結婚した糸子夫人との間に生まれた寅太郎・牛次郎・酉三、計4人の男児がいた。菊次郎の母親である島妻とは、流罪をとかれて鹿児島へ帰る際に離縁しているが、菊次郎とその妹お菊は鹿児島の西郷に引き取られた。
溫習:習ったことをおさらいする。ここの「温」は「温故知新」の「温」と同じ。
督來:「督」はうがなす、言いつける。「來」は動詞のうしろについて意味をつよめたりする助字。
:本を開く。文脈からして、ここは使役の意味(西郷自身がひもとくのではなく、子供たちにひもとかせる)にとるべきであろう
魯論:「論語」のこと。「論語」にはもともと、「古論」「斉論」「魯論」という3種が存在していて、篇の数・並びも異なっていたが、後漢の時代に「魯論」を中心にして現在の形にまとめられた。ここでは押韻の関係で「論語」の言い換えとして「魯論」と言っている。なお、「論ずる」の意味の「論」は「門」「繁」と同じ元韻ですが、「論語」の意味の「論」は仄声のため、厳密にいえば、この結句は押韻できていない。

餘論

制作年不明ですが、子供たちが勉強をする年頃になっている時期ですから、1870年代前半くらいなのかと思われます。西郷の父親としての日常が自然な筆致でえがかれていて興味深い作品です。もっとも明け方からいきなり勉強をさせられる子供たちには同情を禁じ得ませんが。