木戸孝允の漢詩(6) 到薩摩舟中(薩摩に到る舟中)
作者
原文
到薩摩舟中
萬里南洋雲霧多
輕帆一片剪鯨波
連山盡處海門秀
知是舟程近薩摩
訓読
薩摩に到る舟中
万里の南洋 雲霧 多し
軽帆一片 鯨波を剪(き)る
連山 尽くる処 海門 秀(ひい)づ
知る是れ舟程の薩摩に近きを
訳
薩摩に向かう船の中の作
万里のかなたまで広がる南の海では雲と霧がたちこめ
軽やかに進む一隻の船が大波を切り裂いていく
連なる山が途絶えるところに開聞岳がそびえているのを見て
目的地の薩摩にもう近いことがわかった
注
輕帆:軽やかに進む舟
鯨波:大波
海門:開聞岳のこと。「カイモン」の音が通じることからこのように表記したもの。日本の漢詩文ではこのような書き換えがよくおこなわれる。開聞岳は薩摩半島の南端に位置する標高924mの山。
餘論
慶應2年(1866年)の晩冬に、木戸は藩命により長崎経由で薩摩を訪れており、そのときの作品です。この年のはじめには薩長同盟が成立しており、木戸は長州の代表として薩摩の西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀らと頻繁に連絡をとって連携を強化しており、この訪薩もその一環だったと考えられます。
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