吉田松陰の漢詩(3) 遊銚子口過潮来宿宮本庄一郎家(銚子口に遊んで潮来に過ぎり、宮本庄一郎の家に宿る)
作者
原文
遊銚子口過潮来宿宮本庄一郎家
孤牀半夜夢難成
聽斷四檐點滴聲
回首山河郷國邈
阿兄今夜定何情
訓読
銚子口に遊んで潮来に過ぎり、宮本庄一郎の家に宿る
孤牀 半夜 夢 成り難く
聴断す 四檐の点滴の声
首を回せば山河 郷国 邈(はる)かなり
阿兄 今夜 定めて何の情ぞ
訳
銚子を旅して潮来を訪ね、宮本庄一郎の家で宿泊した
ひとり寝のさびしい床で、真夜中になかなか眠れず
四方のひさしから落ちる雨だれの音にひたすら耳を澄ます
振り返れば、山河のかなたの遥か遠い郷里が思い浮かぶ
雨が好きな兄上は、今夜いったいどんな気持ちでおられるだろう
注
銚子口:利根川河口一帯を指した地名。地形が銚子(注ぎ口の小さな酒器、徳利とは異なる)の口に似て入口が狭く中が広くなることから、銚子口と呼ばれていた。
潮来:現在の茨城県潮来市。霞ヶ浦や利根川に面する水郷で古くから利根川水運の港町として栄えた。
宮本庄一郎:1793~1862。諱は球、号は茶村。庄一郎は通称(正しくは尚一郎らしいが、通称については呼び方が大事で漢字はあまり重要でないことはこちらの記事を参照)。幕末の漢学者。常陸国潮来の商家に生まれたが、幼少より学問に優れ、江戸に出て山本北山に学び、帰郷後は家塾を開いて子弟を教育しつつ、家業の商家も営んだ。天保年間には水戸藩から郷士の身分を与えられ、藩政について献策もおこなった。晩年は郷土の研究に尽力し、「常陸国郡郷考」「関城繹史」などを著した。詩集に「双硯堂詩集」がある。
孤牀:ひとり寝の床。
半夜:真夜中
聽斷:「斷」は動詞のうしろについて、意味を強めるはたらきをする
四檐:四方のひさし、のき。
點滴:雨だれ。雨しずく。
郷國:郷里に同じ。
邈:はるか遠い
阿兄:兄の杉梅太郎。「阿」は親族の呼称や人の姓名に添えて親近感を示す。この詩につけた松陰の自注に「兄伯教(梅太郎の字)雨を愛す」とある。
餘論
嘉永5(1852)年正月6日の作。東北周遊中、常陸各地をめぐっていた際の詩で、兄の杉梅太郎宛ての書簡に書かれたものです。旅先で郷里を思い起こすというのはありふれていますが、雨好きの兄の気持ちに焦点を当てるというのが独創的です。それにしても雨が好きとは梅太郎さんも変わっています。
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