漫遊中作(後藤象二郎) / 漫遊中の作

2016年11月3日木曜日

後藤象二郎


作者

原文

漫遊中作

南船北馬歳如流
白髪壮心歌莫愁
休道前途知己少
靑山到處是幷州

訓読

漫遊中の作

南船北馬 歳 流るる如し
白髪 壮心 歌へば愁ひ莫し
道(い)ふを休(や)めよ 前途 知己 少なしと
青山 到る処 是れ幷州

心のままに旅して歩く途中の作

時には船で、時には馬で、旅を続けるうち、歳月は水の流れのようにすぎていく
私も歳をとり白髪も生えてきたが、気力はさかんで、歌をうたえば愁いなどはない
これから先の旅路には知り合いが少ないなどと言うのをやめよ
この世はどこでも、行った先が新たな故郷になるのだ

南船北馬:各地をひろく旅してまわること。中国では南方は河川・湖沼が多いため船で、北方は山野が多いので馬で旅することが多かったことから。
壮心:「壮」は若く元気なこと。気力があふれ勇ましいこと。
歌莫愁:ここでは「歌へば愁い莫し」と解したが、あるいは「莫愁を歌ふ」とよむことも可能か。
知己:友人、知人。
幷州:第二の故郷というべき土地の代名詞。唐の時代の詩人賈島が、十年住んだ幷州を去るにあたって、まるで故郷のように思えると詠んだことから。賈島《度桑乾詩》「客舎幷州已十霜 歸心日夜憶咸陽 無端更渡桑乾水 却望幷州是故郷(幷州に客舎すること已に十霜 帰心は日夜咸陽を憶ふ 端無くも更に渡る桑乾の水 却って幷州を望めば是れ故郷)」

餘論

賈島の詩を知らなければ作ることはできず、また読むほうも理解できない詩です。つまり、幕末維新を生きた志士たちにとっては、このくらいは常識だったのでしょう。賈島の詩の中の「幷州」には、さらなる辺境へと赴任しなければならない悲哀が漂うのに対して、後藤の詩では、どこであろうとこれから行く先が新たな故郷になるのだ、という前向きな思いが「幷州」という言葉にこめられていて、賈島の詩を踏まえつつ、全くおもむきの異なる詩を作り上げたといえます。