作者


原文

卽吟贈園山赤十字社支部長

十字赤章無敵讐
千軍萬馬任交矛
如今誰問華夷別
一視同仁通五洲

訓読

即吟して園山赤十字社支部長に贈る

十字の赤章 敵讐 無し
千軍 万馬 矛を交ふるに任す
如今 誰か問はん 華夷の別
一視同仁 五洲に通ず

即興で詩を詠んで園山赤十字社支部長に贈る

赤十字の徽章を帯びる者にとって敵などいない
どれほどの大軍が戦いを繰り広げていても関係ない
今日の世に中華と蛮夷の区別など誰が問題にするだろうか
今や一視同仁の理想は世界中に広まっているのだ

園山赤十字社支部長:未詳。
敵讐:あだ。かたき。仇敵。
千軍萬馬:「千萬軍馬」の互文。何千何万の軍馬、大軍。
華夷別:中華と蛮夷の区別。中華思想(およびその影響を受けた小中華思想)においては、自国は世界の中心たる文明国であり、周囲の他国は未開の野蛮な国と考える。
一視同仁:差別なくすべてのものを平等に愛すること。
五洲:五大洲。五大陸。世界全体。

餘論

明治32年(1899年)7月以降10月以前の作と考えられますので、この時期の各都道府県支部長を当たっていけば、詩題にある「園山支部長」というのが誰なのか判明するでしょうが、今はその時間もないので不明としておきます。詩の内容の理解には問題ありません。

詩の前半は赤十字社の理想をそのまま表現したものですが、後半については当時の状況からいって、あまりに綺麗事に過ぎるのではないかと思えるかもしれません。日清戦争で日本が清国に勝利したことで東アジアの「華夷秩序」は完全に崩壊し、文字通りの意味での「華夷の別」は確かに消滅しました。しかし、逆に帝国主義の世界秩序の確立によって、ヨーロッパ発の近代化に成功した「文明国」とそれ以外の「未開国」の区別が、新たな「華夷の別」として生まれていったのであり、「一視同仁通五洲」といえる状況では到底ありませんでした。

それでも伊藤がこのように詠んだのは、もちろん園山支部長への挨拶という面が大きいのでしょうが、それと同時に、願望と理想を詠み込んだとも言えるかもしれません。伊藤は徹底的な現実主義の政治家でしたが、現実主義というのは理想を持たないということではありません。むしろ理想があればこそ現実を直視してそこから出発する力を持ち得るのです。