作者

程順則(名護親方寵文)

原文

寄贈物外樓隱君子

閑居物外謝浮華
玩月題詩試露芽
聞道鴨川淸且勝
羨君坐臥樂烟霞

訓読

寄せて物外楼の隠君子に贈る

物外に閑居して 浮華を謝し
月を玩び詩を題して 露芽を試む
聞くならく 鴨川は清く且つ勝なると
羨む 君が坐臥に烟霞を楽しむを

物外楼の隠君子に向けて贈る詩

俗世間の外でしずかに暮らして、浮ついた華やかさとは縁を切り
月を愛で、詩を詠み、茶をたしなんでおられる
聞くところによると、鴨川というのは水清く、景観もすぐれているとか
そんなところに別荘を営み、起き臥しにつけて自然あふれる風光を楽しんでおられるあなたが羨ましい

物外樓:京都鴨川べりにあった、前摂政・近衛家熙(1667~1736)の別荘。「物外」は世事を離れた場所、俗世間の外。
隱君子:俗世をのがれて隠れている人格者。物外楼の主人である近衛家熙のこと。近衛家熙は摂関家のひとつ近衛家の第22代当主。東山天皇の関白(1707~1709)、ついで中御門天皇の摂政(1709~1712)をつとめた。官位は従一位太政大臣にのぼり、1725年には准三后の宣下を受けた。なお、家熙の曾祖父・信尋は後陽成天皇の第四皇子として生まれ、母方の伯父である近衛信尹の養子となって近衛家を継いだので、家熙は血統上、後陽成天皇の男系四世子孫にあたる。
謝:ことわる。謝絶する。
浮華:うわべばかり華美で実のないこと、またその様。
露芽:茶のこと。
聞道:聞くところによると。
勝:景色がすぐれる。名勝地である。
坐臥:すわったり寝転んだり。日常の起き臥し。
烟霞:靄やかすみ。転じて自然の景色。

餘論

琉球王国時代の漢詩をもう一首紹介します。「東海朝曦」の作者、程順則の詩です。

正徳4年11月26日(1715年1月1日)、徳川家継の将軍就任祝賀のため琉球から派遣された慶賀使の一員として江戸に到着した程順則は、公務を果たしたのち同12月21日(同1月26日)に江戸を出発して帰途につき、正徳5年正月9日(1715年2月12日)に近江国草津に入ります。ここで、願王院権僧正・徧詢からの依頼を受け、前摂政・近衛家熙に贈るため、彼の別荘「物外楼」についての詩四首を詠むのですが、その一首目がこの詩です。程順則の詩名はすでに琉球のみならず、日本本土の文人たちの間でも広く知られていたことがわかります。

貴人に贈るためにその別荘を詠むというシチュエーションにより、詠む前からその内容はほぼ決まっています。別荘の素晴らしさを描きつつ、それに重ね合わせて相手の俗世を超越した暮らしや人柄をたたえなければなりません。なおかつ、誰にでも通用する内容ではなく、他にはないその別荘の特徴(この場合なら鴨川のほとりという地理的特徴)を詠み込む必要もあります。そうしないと同じ詩をいろんな相手に使いまわしていると疑われかねません。この詩はそれらの条件を見事にクリアしています。依頼した徧詢も、贈られた近衛家熙も、大いに満足したことでしょう。