大塩平八郎の漢詩(8) 夏日江行卽事(夏日江行即事)
作者
原文
夏日江行卽事
納涼船舸晩來繁
漾蕩下流各醉昏
白蓮碧葦淸涼處
道遠無人上水源
訓読
夏日江行即事
納涼の船舸 晩来 繁(しげ)し
漾蕩として流れを下って各(おのおの)酔昏す
白蓮 碧葦 清涼の処
道 遠くして人の水源に上る無し
訳
夏の日、川沿いを歩いて即興で作った詩
納涼の船が夕方から増えてきて
ただよいながら流れを下り、乗客たちはおのおの酔い潰れている
白いハスの花が咲き、アシが青々としげる、清らかですがすがしい、真に納涼にふさわしい場所も川にはあるのに
道が遠いため、水源にあるその場所までさかのぼる人はいないのだ
注
卽事:事にふれて、その場のことを即興で詠んだ詩。
船舸:ふね。「舸」は大きくて速い船。
晩來:夕方から。
漾蕩:ただようさま。ゆらぐさま。
醉昏:酔い潰れる。
淸涼:きよらかですがすがしい。
餘論
納涼船でごった返す川の様子を見て大塩先生が詠んだ詩です。納涼を名目にして遊びにふける人たちを眺めながら、本当の意味で納涼にふさわしい清涼の地を訪ねようとする人がいないことを嘆いています。納涼船をテーマにしていますが、人生そのものをたとえているのでしょう。目の前の享楽にふけるのではなく、遠い道のりを努力して進んだ先にこそ真の楽しみがあるが、それを知る人は少ない、というのがこの詩にこめられた意味だと思います。
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