陸奥宗光の漢詩(6) 夏夜不寐(夏夜寐ねず)
作者
原文
夏夜不寐
滿袖涼風雨後天
半庭樹色露華鮮
閒人乘興未成睡
杜宇啼過落月邊
訓読
夏夜寐(い)ねず
袖に満つる涼風 雨後の天
半庭の樹色 露華 鮮やかなり
間人 興に乗じて未だ睡を成さず
杜宇 啼き過ぐ 落月の辺
訳
眠れない夏の夜
袖いっぱいに吹き入ってくる涼風を感じながら、雨あがりの夜空を見上げる
庭の半分ほどの木々が光る露に濡れて色鮮やかだ
暇人の私はこの景色を見て興に乗り、まだ眠ることができない
ふとそのとき、ホトトギスが月の落ちるほうへと鳴きながら飛び過ぎていった
注
寐:眠る
露華:露の光。光っている露。
閒人:「閒」は「閑」に同じ。ひまな人。
杜宇:ホトトギス。インドから中国南部で越冬し、日本へは夏鳥として飛来する。夜に鳴く鳥として知られる。
餘論
土佐立志社事件への関与により禁錮刑を受けて山形監獄に収監されていた陸奥宗光が明治12年の夏に詠んだ詩です。夏の夜は暑さで誰しも寝苦しいものですが、このときの陸奥は暑さのせいではなく、むしろ、涼しげな景色に興が乗って眠れない、と詠んでいます。しかし、実際のところ眠れない理由はそれだけではなかったはずです。かつて坂本龍馬の右腕として海援隊で活躍し、維新後も兵庫県知事や神奈川県令を歴任したほどの人物が、獄中でなすこともなく、有り余る才能を持てあましてすごしている悔しさとふがいなさが、夜ごと彼をさいなみ、眠らせなかったのでしょう。そう考えると、「閒人」という自嘲気味の一人称がいっそう痛々しく感じられます。
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