伊藤博文の漢詩(1) 航西舟中作(航西舟中の作)
作者
原文
航西舟中作
艨艟遙到歐羅巴
指點看過佛利加
浩浩碧天雲捧月
茫茫蒼海浪生花
一年身作他郷客
萬里神飛故国家
昨夜南溟今已盡
囘頭帆上北辰斜
訓読
航西舟中の作
艨艟 遥かに到る 欧羅巴
指點すれば看るまに過ぐ 佛利加
浩浩たる碧天 雲 月を捧げ
茫茫たる蒼海 浪 花を生ず
一年 身は作る 他郷の客
万里 神は飛ぶ 故国の家
昨夜の南溟 今 已に尽き
頭を回らせば帆上に北辰 斜めなり
訳
西洋へ渡航する船の中での作
軍艦で日本から遥か遠いヨーロッパにまでやってきた
アフリカ大陸は指差しているうちに見る見る過ぎ去っていった
ひろびろとした夜空では雲が月を捧げるかのよう
果てしなく広がる海では波が花のようなしぶきをあげる
一年の間、わが身は故郷を離れた旅人となるわけだが
万里をへだてても心はふるさとの家へと飛んで帰ることができる
昨夜見た南方の大海は今はすでに過ぎ去ってもう見えず
振り返ってみると船の帆の上に北極星が斜めにかかっている
注
艨艟:軍艦、いくさぶね
歐羅巴:ヨーロッパ
佛利加:アフリカ。「亜弗利加」「亜佛利加」とも。
看:みるみるうちに。みすみす。杜甫《絶句》「今春看又過」
神:こころ、精神
南溟:南方の大海
北辰:北極星
餘論
『藤公詩存』の注によれば「維新前作」とのことなので、文久3(1863)年、「長州五傑(長州ファイブ)」の一員として、英国留学に向かった際の航海を詠じた詩と思われます。明治以降、日本人の欧米への渡航が増えてくると、外洋航海を詠じた漢詩をいろんな人が作るようになりますが、時期から見て、それらの魁と言っていい詩ではないでしょうか。
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