乃木希典の漢詩 富嶽

作者


原文

富嶽

崚嶒富嶽聳千秋
赫灼朝暉照八洲
休説區區風物美
地靈人傑是神州

訓読

富嶽

崚嶒たる富嶽 千秋に聳え
赫灼たる朝暉 八洲を照らす
説くを休めよ 区区たる風物の美
地霊 人傑 是れ神州

富士山

高く険しい富士山は永遠にそびえ立ち
光り輝く朝日が全国の島々を照らし出す
わが国の風物の美をこまごまと説明するのはやめたまえ、その必要はない
霊妙なる大地、そこから生まれる傑出した人材、それが神の国たる日本である

富嶽:富士山
崚嶒:山の高く険しいさま
千秋:千回の秋、つまり千年。非常に長い月日、また永遠。
赫灼:光り輝くさま
八洲:日本を構成する主な八つの島。転じて日本、日本全土。
區區:わずかなこと、つまらない、とるに足らない細かいことの形容。
地靈:大地の神霊、大地の霊妙さ。土地柄が非常にすぐれていること。
人傑:傑出した人物
神州:神の国たる日本。

餘論

昨日(2月23日)は富士山の日だったので、1日遅れで乃木将軍の富士山の詩を紹介しておきます。乃木将軍の詩のなかでは比較的有名な部類に入る詩ですし、内容はいたって明快なので、特に付け加えることはないでしょう。技巧や機知にたよらない堂々たる直球の詩です。

最初に詠まれた年代は不明ですが、明治45年(1912年)1月、来日中のオーストリア=ハンガリー帝国レルヒ陸軍中佐のもとめに応じて、この詩を書き与えたことが伝わっており、後にこの詩のドイツ語訳も作られたそうです。レルヒ中佐という名前を聞いたことがあるという方もおられるかもしれません。日本にスキーを伝えたことで有名な人物です。

乃木将軍は日露戦争での軍功とすぐれた人格が世界的な尊敬を集めていましたから、レルヒ中佐も日頃から尊敬する乃木将軍に会う機会を得て、何か書いてほしいと頼んだのでしょう。そのような場合に、いかに名詩であっても「爾靈山」や「金州城下作」のような詩を書くのはふさわしくないでしょう。その点、この詩はその風格といい、内容の簡潔さ、明朗さといい、実にその場面にふさわしい詩だといえます。