渋沢栄一の漢詩(17) 井筒樓戲賦(井筒楼にて戯れに賦す)
作者
原文
井筒樓戲賦
芳園百卉競嬌姿
折得寒梅花一枝
多情今留瓶裏去
春風護否再游時
訓読
井筒楼にて戯れに賦す
芳園の百卉 嬌姿を競ふ
折り得たり 寒梅の花一枝
多情なり 今 瓶裏に留めて去るは
春風 護るや否や 再游の時
訳
井筒楼でふざけて詠む
芸妓たちはまるでかぐわしい園であでやかな姿を競う花々のようだ
その中で寒梅の花を一枝折り取ることができた
だが今、その梅を瓶に残して去らなければならないのはつらいことだ
再び訪れるときまで春風はこの梅をまもってくれるだろうか
注
井筒樓:詳細不明だが、愛知県田原市に、天保年間創業の旅籠を近年改装してオープンした井筒楼という旅館があり、候補のひとつであろう。愛知県渥美郡田原町(現・田原市)には、渋沢が頭取をつとめる第一国立銀行が抵当権行使によって取得した「三河セメント工場」が存在し、明治24年(1891年)5月以降、渋沢は経営指導に関わっていた。その関係で三河セメント工場を訪れた際に、当地の井筒楼に遊んだという可能性が考えられる。
多情:多感。感じることが多い。ものに感じやすい。ここでは、非常につらい、というような意味であろう
餘論
花柳界でも名を知られた存在だった渋沢には、酒席を詠んだ詩がいくつか残っており、プライベートの一面をうかがうことができます。この詩は「戯れに賦す」と題していますが、転結の嘆きはかなり本音のようにも感じます。この一枝の寒梅とのあいだにどのようなロマンスがあったのか、再会はできたのか、想像をかき立てられる詩です。
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