渋沢栄一の漢詩(11) 武侖公園
作者
原文
武侖公園
那翁豪侈蹤銷沈
往事追懷淚滿襟
愛此園林存故態
秋風尚護舊時陰
訓読
武侖公園
那翁の豪侈 蹤 銷沈
往事 追懐すれば 涙 襟に満つ
愛す 此の園林に故態の存するを
秋風 尚ほ護る 旧時の陰
訳
ブローニュ森林公園
ナポレオン3世の栄華の跡は今では消えてなくなってしまった
かつてパリを訪れた時のことを思い起こすと、涙が襟いっぱいにこぼれ落ちる
愛おしく思うのは、この公園の林に当時のままの姿が残っていること
昔のままの木陰を、秋風が今もなお守り伝えてくれているのだ
注
武侖公園:ブローニュの森(Bois de Boulogne)。渋沢の『航西日記』には「ボワデブロン」「ボワデブロンギュ」と表記されている。パリ中心部から西へ5kmほどにある広大な森林公園。古くは貴族の狩場だったが、ナポレオン3世の時代に、乗馬コースや自転車道路、人工池、競馬場などが整備された。
那翁:ナポレオン。江戸後期以降、日本の漢詩文で「那翁」はナポレオン1世のことを指すことが多いが、ここではナポレオン3世のこと。ナポレオン3世については「巴里 其二(渋沢栄一)」を参照。
豪侈:豪華で奢侈。
蹤:「踪」に同じ。あと。足跡。物事のあったあと。あとかた。
銷沈:消沈。おとろえてなくなる。
往事:昔のこと。当時のこと。慶應3年(1967年)パリ万博に派遣された徳川昭武に随行して渡仏した際のこと。
故態:昔のままのありさま。昔ながらの姿。
餘論
明治35年(1902年)にパリを訪れた渋沢が、三十数年前の渡仏時を追想して詠んだ詩の3首目です。(→「巴里 其一(渋沢栄一)」、「巴里 其二(渋沢栄一)」も参照)
『航西日記』によれば、慶應3年5月4日(1967年6月6日)、ナポレオン3世がブローニュの森で開催した軍事演習に、ロシア皇帝(アレクサンドル2世)、プロイセン王(ヴィルヘルム1世)など各国首脳とともに徳川昭武も招かれ、渋沢もこれに随従しました。そのほかにも、何度か昭武に従ってブローニュの森で競馬を見たこと、銃を試したこと、遊歩のお供をしたことなどが記録に残っています。渋沢にとって滞仏中、公私にわたって親しんだ公園だったのでしょう。
人の世は移り変わってしまったが、自然は変わらない、というのは、漢詩ではお決まりのコンセプトですが、その変わらない自然というのが、人工的な公園の緑だというのが、いかにもパリ、あるいはヨーロッパ的、という気がします。
細かいことを言うと、起句の下三字(蹤銷沈)が平三連の禁をおかしています。ここは「蹤」を仄字の「跡」に変えたほうがいいでしょう。
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