小栗忠順「絶命詩」

作者

小栗忠順

原文

絶命詩

千歳何由訴此冤
一門殄滅似屠豚
天戈豈料恣橫殺
枉斷黄泉未死魂

訓読

絶命詩

千歳 何に由ってか 此の冤を訴へん
一門 殄滅さるること 屠豚に似たり
天戈 豈に料らんや 横殺を恣(ほしいまま)にせんとは
枉断す 黄泉 未だ死せざるの魂

辞世の詩

この無実の罪をどうやって千年先まで訴えることができるだろうか
我が一族はまるでブタが屠殺されるように無残に滅ぼされるのだ
天のほこが勝手気ままに横暴な殺害をなそうとは思いもよらないことだが
あの世に行ってもまだ死にきれない私の魂を、法を曲げて断罪しようとしているのだ

何由:何によって。どんな手段によって。
冤:濡れ衣。無実の罪。冤罪。
一門:一族。実際には、婿養子の忠道は斬首となったが、母・くに子、妻・道子、養女・鉞子(忠道の妻)は会津へ脱出して生きながらえた。当時、道子が身ごもっていた娘・国子は長じて婿養子を迎え、小栗家は再興された。
殄滅:滅ぼす。滅びる。絶滅する。
天戈:天のほこ。天は宇宙の支配者、造物主であり、本来、公正無私で誤りのない存在。
枉斷:法や道理を曲げて断罪すること。
黄泉未死魂:あの世へ行ってもまだ死なない魂。この世に深い恨みを残しているため死んでも死にきれないということであろう。

餘論

慶応4年1月(1868年2月)に御役御免となった小栗は、上野国権田村で隠遁生活を送っていましたが、同閏4月4日、新政府軍の命を受けた高崎・安中・吉井藩兵に捕縛され、取り調べもないまま同6日、斬首されました。今に至るまで処刑の理由は明らかになっていません。

詩は全体が恨みと怒りにあふれていて、あまりに生々しく、読む者も冷静ではいられないほどです。伝えられている小栗の最期の潔い態度とはかけ離れているため、これは本当に本人の作なのかと疑念を感じなくもありません。しかし、辞世の詩にこれだけの恨みと怒りを吐き出したからこそ、思い残すことなく従容として死に就くことができたという見方もできます。

なお、この詩は『明治英傑詩纂』に収載のものによります。原詩はおそらく無題だったでしょうから、「絶命詩」という題は編集の都合上つけられたものと思われますが、ここではそれに従いました。また、作者名がなぜか「小栗下野守」となっています。「上野介」が「下野守」になってしまったのが単なるミスか(明治英傑詩纂はかなり誤りが多い)、何らかの意図かよくわかりません。「そもそも別人なのでは?」という意見もあるかもしれませんが、前後の並びと詩の内容から考えて別人とは考えられません。