夏目漱石の漢詩 即事

作者

原文

即事

楊柳橋頭人往還
綠蓑隠見暮烟閒
疎鐘未破滿江雨
一帶斜陽照遠山

訓読

即事

楊柳の橋頭 人 往還し
緑蓑 隠見す 暮烟の間
疎鐘 未だ破らず 満江の雨
一帯の斜陽 遠山を照らす

見たままの詩

柳の茂る橋のほとりを人々が行き来し
緑色の蓑を着た漁師が夕暮れのもやの切れ間に見え隠れする
長い間隔を開けてまばらに鳴らされる晩鐘は、川いっぱいに降り注ぐ雨にさえぎられてまだ聞こえてこないが
西の空では帯をなす夕焼けが山を照らし出している

即事:出来事のまま、みたままを詠んだ詩。この詩が掲載された文芸誌『時運』では「即時」となっているとのことだが、明らかに「即事」の誤りであろう。
緑蓑:緑色の蓑。漁師の姿。韋荘《桐廬縣作》「緑蓑人釣季鷹魚」
隠見:隠れたり見えたりする。見え隠れする。
疎鐘:長い間隔を開けてまばらに鳴らされる鐘。

餘論

昨日(平成29年2月9日)は夏目漱石の生誕(慶應3年1月5日=1867年2月9日)から150年でしたので、若き日の漱石の詩を紹介します。

この詩は漱石がまだ十代の頃、成立学舎という予備校に通っていた時期に詠まれた作ですが、しっかり作り込まれた構成に見事な余韻がただよい、少年の習作というレベルを超えています。「即事」という題ですが、実際にはおそらくかなり想像を加えた景色かと思われます。

なお、漱石は成立学舎で約1年勉強したのち、大学予備門(第一高等学校・東大教養部の前身)に進学し、そこで生涯の親友となる正岡子規と出会うことになります。