渋沢栄一の漢詩 内山峡

作者

原文

内山峽

襄山蜿蜒如波浪
西接信山相送迎
奇險就中内山峡
天然崔嵬如刓成
刀陰耕夫靑淵子
販鬻向信取路程
小春初八好風景
蒼松紅楓草鞋輕
三尺腰刀渉桟道
一卷肩書攀崢嶸
渉攀益深險彌酷
奇巖怪石磊磊橫
勢衝靑天攘臂躋
氣穿白雲唾手征
日亭未牌達絶頂
四望風色十分晴
遠近細辨濃與淡
幾靑幾紅更渺茫
始知壮觀存奇險
探盡眞趣游子行
恍惚此時覺有得
慨然拍掌歎一聲
君不見遁世淸心士
吐氣呑露求蓬瀛
又不見汲汲名利客
朝奔暮走趁浮榮
不識中間存大道
徒將一隅誤終生
大道由来随處在
天下萬事成於誠
父子惟親君臣義
友敬相待弟與兄
彼輩著眼不到此
可憐自甘拂人情
篇成長吟澗谷應
風捲落葉滿山鳴

訓読

内山峡

襄山 蜿蜒として 波浪の如し
西のかた信山に接して相ひ送迎す
奇険 就中(なかんづく)内山峡
天然の崔嵬 刓り成るが如し
刀陰の耕夫 青淵子
販鬻 信に向かひて路程を取る
小春 初八の好風景
蒼松 紅楓 草鞋 軽し
三尺の腰刀 桟道を渉り
一巻の肩書 崢嶸を攀づ
渉攀 益すます深くして 険 弥よいよ酷しく
奇巌 怪石 磊磊として橫たはる
勢ひ 青天を衝き 臂を攘ひて躋り
気 白雲を穿ち 手に唾して征く
日 未牌に亭りて 絶頂に達すれば
四望の風色 十分に晴る
遠近 細かに弁ず 濃と淡
幾青 幾紅 更に渺茫
始めて知る 壮観の奇険に存するを
真趣を探り尽くして 游子 行く
恍惚として此の時 覚 得たる有り
慨然として掌を拍って一声を歎ず
君見ずや 遁世 清心の士
気を吐き露を呑んで蓬瀛を求むるを
又た見ずや 汲汲たる名利の客
朝に奔り暮に走りて浮栄を趁ふを
識らず 中間に大道の存するを
徒らに一隅を将って終生を誤る
大道は由来 随処に在り
天下の萬事は誠より成る
父子は惟れ親 君臣は義
友敬 相ひ待つ 弟と兄
彼の輩の著眼は此に到らず
憐れむべし 自ら甘んじて人情を払ふを
篇 成って長吟すれば 澗谷 応じ
風 落葉を捲いて 満山 鳴る

内山峡

上州の山々はうねり曲がってまるで波のよう
西のほうで信州の山に接して互いに送迎するかのようだ
中でもとりわけ他にはない険しさは内山峡
天然の山なのにまるで削って作り出したかのようだ
利根川の南の百姓 青淵さん
商売のため信州に向かって道をいく
十月八日のすばらしい風景
青い松、赤いカエデを見ながら進めば足取りも軽い
三尺の刀を腰に差して桟道をわたり
一冊の本を肩にかけてけわしい山道をよじのぼる
こうしてどんどん山深く進んでいくとその険しさはますますひどくなっていき
奇怪な岩石がごろごろと横たわっている
だが私は青空を突き上げんばかりの勢いで腕をまくって登り
白雲をつらぬくほどの気合いで手に唾をつけて進むのだ
未の刻(午後2時ごろ)になって山頂に到達すると
眺める四方の景色は十分に晴れわたっている
遠くも近くもその色の濃淡をこまかく見分けることができ
いくばくかは青く、いくばくかは赤く、さらに果てしなく景色が広がっている
素晴らしい眺めというのはとてつもない険しさの中にあるということをはじめて知り
本物の自然の趣を堪能し尽くしながら旅人の私は進んでいく
絶景にうっとりしているその時、悟ったことがあり
私は深く心を動かされて手を打ち、感嘆の声をあげた
見たことはないだろうか、俗世を嫌って隠れ住む「心清らか」とされる人が
世の中への恨みを口にし、仙人のように露を飲みながら、仙人の住む島を探し求めているのを
これも見たことはないだろうか、あくせくと名利を求める人が
朝も暮れも走り回ってはかない栄誉を追い求めているのを
彼らは知らないのだ、両者の中間に正しい大道があるということを
だから、いたずらに物事のひとつの隅にだけにこだわって間違ったまま一生を終えるのだ
大道というものはもともとどこにでもあるもので
この世のすべてのことは真心によって成るのだ
親子の間は親愛の情、君臣の間は忠義の心
友人同士は敬い重んじ、お互いに兄弟のように接する、これこそが大道だ
だが彼らの注意がここに及ぶことはない
みずから人情を払い去って満足しているのは、憐れむべきことだ
詩が出来上がって長く響く声で吟ずると谷がこれに応え
風が落葉を巻き上げ、山全体に音が鳴り響く

内山峽:長野県佐久市にある峡谷。千曲川の支流滑津川の浸食によりV字谷が形成され、荒船山の火山活動による溶岩が風化してできた奇岩が数多く存在し、古くから景勝地として有名。
襄山:次の句で「西接信山」とあること、この詩と同時に作られた絶句でも「襄州」という言葉が使われていることから考えて、「上山」(上州の山)の「上(じょう)」を「襄(じょう)」で代用したものであろう。地名の漢字を音や訓の通ずる別字で代用するのは、日本の漢詩文でよくおこなわれる。代用する理由は、そのほうが漢詩文らしくなるためである。たとえば播磨(はりま)を「播州」ではなく「榛州」(榛の訓は「はり」)と呼んだり、木曽(きそ)を「岐蘇(きそ)」、熊を「熊」と呼んだりする。
蜿蜒:うねり曲がって長く続いているさま
信山:信州(信濃)の山。
就中:なかんずく。なかでもとりわけ。
崔嵬:山の高くけわしいさま。また、そのような山。
:けずる
刀陰:利根川の南。「刀」は「刀水」で利根川の別称。古く「利根」を「刀禰」と書いたからとも、新田義貞が利根川で刀を洗ったからとも。「陰」は山の北、河の南を意味する。渋沢の故郷武蔵国榛沢郡血洗島村は利根川の南に位置する。
靑淵子:渋沢のこと。「靑淵」は渋沢の号。「子」は本来敬称だが、第三者目線で自分を呼んでいる。
販鬻:商売
小春:陰暦十月の別名
三尺腰刀:3尺は1メートル弱だが、実際の長さではなく、刀や剣を形容する常套句。
桟道:崖の斜面などに棚を架けるようにして作られた道。
渉攀:前の二句のように桟道を渉り、崢嶸を攀じること
:はげしい。程度がはなはだしい。
磊磊:多くの石が積み重なっているさま
:突き当たる、突き上げる
攘臂:腕をまくる。勇み奮い立つさま。
穿:うがつ。穴をあける。つらぬく。
唾手:手につばをつける。勇気をふるって物事に着手するさま。
日亭未牌:「未牌」は未(ひつじ)の刻(午後1~3時)であることを示す札。古代中国では、役所の門に時刻を知らせる札を掲示していた。それらの札をそれぞれ「卯牌」「辰牌」「巳牌」「午牌」などと呼んだ。そこから転じて「〇牌」で「〇の刻」自体をあらわすようになった。「亭」はいたる、あたる、の意で、正午のことを「亭午(午の刻にいたる)」という。
絶頂:山頂
四望:四方を眺める。また四方の眺め。
:区別する。見分ける。
渺茫:広く果てしないさま。また、遠くかすかなさま。
游子:遊子に同じ。旅人。
恍惚:うっとりとしているさま。ぼうっとして我を忘れているさま。
慨然:憂いや悲しみ、怒り、嘆きなどで心を動かされるさま
君不見:読者の注意を喚起し、リズムを変える常套句。古詩ではよく用いられ、「君不見」が挿入された句はたいてい文字数が増える。この詩でも全体は七言だが、「君不見」と「又不見」の句だけは八言になっている。
遁世:世を逃れてかくれ住む。隠棲する。
吐氣:気を吐き出す。抑えられていた思いや怨みを吐き出す。
呑露:露を飲む。仙人は穀物を食べず風を吸い露を飲んで生きるとされる。《荘子・逍遙游》「藐姑射之山、有神人居焉・・・不食五穀、吸風飲露」
蓬瀛:蓬莱と瀛洲のふたつの仙山。
汲汲:あくせくと忙しく求めるさま。
名利:名誉と利益
浮榮:はかない栄誉。実質のともなわない栄誉。
一隅:四隅あるものの一つの隅。物事の一面。《論語・述而》「擧一隅不以三隅反、則不復也」
大道:儒教では、人が行うべき道。老子のいうところでは、宇宙の本質としての道、無為自然の道。
:限定をあらわす「ただ」、もしくは、リズムをととのえる助字の「これ」。ここでは後者の意に取った。
友敬:友愛敬重。友人同士敬い重んじること。
:もてなす。遇する。
著眼:着眼に同じ。注意する。着目する。「著」と「着」はもともと同じ字。
:詩篇。一篇の詩。
長吟:声を長くして詩を口ずさむ
澗谷:谷。谷川。

餘論

2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」のタイトルの由来になった詩です。安政5年10月に、尾高惇忠(通称:新五郎)とともに商用で上野(群馬県)から信濃(長野県)を旅した際に通った内山峡のことを詠んでいます。このときの出張では、渋沢と惇忠はともに多くの詩を作り、それらを2人で『巡信紀詩』という詩集にまとめています。

このとき渋沢は19歳。詩中で自分を「刀陰の耕夫」と呼んでいるように、生家は農家ですが、ただの農家ではなく、養蚕や藍玉の製造販売も営むいわば実業家でした。渋沢自身もすでに関東各地から信濃まで藍玉を売り歩くなど家業の一端を担っていました。12月には惇忠の妹(つまり従妹)の千代と結婚しています。

詩は全36句からなる長篇の七言古詩で、読むだけでも大変かと思いますが、作るのはもっと大変です。近体詩ほどに平仄のしばりを受けないとはいえ、これだけの長篇を、しかも一韻到底で押し切っているのは、かなりの実力といえます。ちなみに使われている韻目は「下平八庚」で、俗に「ヘタ八庚」などともいわれる代表的な寛韻(属する韻字が多いため作詩しやすい韻目)ですが、十八韻も踏もうと思ったらそもそも寛韻でなければ無理でしょう。ただ、どうしたことか十八句目の韻字「茫」だけ陽韻になっています。古詩の場合は通韻(響きの近い韻目を混合して用いること)がよくおこなわれますが、通常、陽韻と庚韻は通韻しないことになっているので、渋沢のミスと思われます。これだけの力作だけに実にもったいないことです。

詩の内容ですが、前半は内山峡の壮大な景観と、その中の険しい道を行く旅の様子を闊達な表現で力強く描き、後半は一転して人の生き方についての感慨が述べられています。俗世の名利に完全に背を向け仙界にあこがれる隠者と、ひたすら名利を追い求めることに血道をあげる俗物という両極端の例を挙げて、両者とも物事のほんの一面しか見えていない、両者の間にこそ正しい道がある、と熱く説く言葉からは、後年の渋沢の経済と道徳の両立を唱える姿が重なって見えて、面白い詩だと思います。