寧樂(渋沢栄一)

2020年10月11日日曜日

渋沢栄一 奈良



作者

原文

寧樂

祠前松柏寺前樓
遺趾猶看千古秋
兒女能知舊帝都
向人仔細説來由

訓読

寧楽

祠前の松柏 寺前の楼
遺趾 猶ほ看る 千古の秋
児女 能く知る 旧帝都
人に向かって仔細に来由を説く

奈良

神社の前の松や柏の樹、寺の前にそびえるたかどの
遺跡では遠い昔と変わらぬ秋の景色を見ることができる
ここでは小さな女の子でも古都奈良のことを知っていて
訪れた人に向かって事細かに遺跡の由来を説明してくれるのだ

寧樂:奈良のこと。
祠:ほこら。やしろ。日本の漢詩では、神社を指すのによく使われる。
仔細:こまかく。くわしく。
來由:由来に同じ。物事の起こり、いわれ。

餘論

『青淵詩存』では文久3年の部、「入京」の詩の後に置かれているので、文久3年11月25日の上洛後、年末にかけての作と思われます。尊王攘夷の志をもって上洛した渋沢は、歳末には、ともに上洛していた従兄の喜作(成一郎)と伊勢神宮に参拝し、その帰りに奈良・大阪を歴遊したとのことなので、その際に詠んだ詩なのでしょう。伊勢神宮参拝は当時の志士たちの流行でした。

転結は、元稹の『行宮』「白頭の宮女在り 閑坐して玄宗を説く」や、それを下敷きにした、藤井竹外の『芳野懐古』「眉雪の老僧 時に帚くを輟め 落花深き処 南朝を説く」などに類するパターンですが、昔のことを説明してくれるのが小さな女の子だというヒネリで新味を出しています。気の利いた転結になっていると思います。