獄中詩 其一(岩崎弥太郎)| 獄中の詩 其の一

2020年5月4日月曜日

家族 岩崎弥太郎 牢獄


作者

原文

獄中詩 其一

一身存亡何用説
白髪在堂涙自潸
恍惚枉成半宵夢
要從枕上拜慈顔

訓読

獄中の詩 其の一

一身の存亡 何ぞ説くを用ひんや
白髪 堂に在れば 涙 自ら潸たり
恍惚として枉げて成さん 半宵の夢
枕上より慈顔を拝さんことを要す

獄中での詩 その一

わが身ひとつの生死などどうして問題にする必要があろうか
ただ白髪の母が家で待っていることを思えば、涙が自然と流れ出るのだ
真夜中になれば我を忘れて無理にでも夢を見ることにしよう
せめて夢の中で母のやさしい顔を拝みたいと願うのだ

:表座敷。母のことも指す。「堂室」は「表座敷と奥座敷」という意味とともに「母と妻」という意味もある。
:涙が流れるさま
恍惚:我を忘れてぼんやりする、うっとりするさま
:無理やり、無理に
半宵:夜半。真夜中。
:~から。
枕上:枕元。あるいは枕に頭をのせた状態で。ここでは、文脈から考えて、「夢の中で」という意味にとった。

餘論

安政2年(1855年)、江戸に遊学中だった岩崎弥太郎は、母・美和からの手紙で、父・弥次郎が酒席で庄屋ともめて暴行を受け重体という知らせを受けて急ぎ帰郷します。年末に土佐に帰った弥太郎は、年明け早々に郡奉行所に訴え出ますが、郡奉行は庄屋の味方をして、逆に弥次郎のほうを投獄してしまいます。怒った弥太郎は奉行所の外壁に「官は賄賂をもってなり、獄は愛憎によって決す」という落書きをしたため、ついに自身が投獄されることになりました。これが安政3年6月のことで、翌年1月までの7カ月、弥太郎は獄中生活を送ります。

わが身ひとつの生死などどうでもいい、というのは投げやりにも聞こえますが、むしろ、自分は決して間違っていないという自負の裏返しなのでしょう(実際、落書きを除けば弥太郎は全く悪くありません)。死のうが生きようが俺の正しさは変わらない、というわけです。とはいえ、身を案じているであろう母のことだけは気にかかるのでしょう。陸奥宗光も獄中で母をおもう詩を詠んでいますが、どうやら男は牢獄に入ると母親のことを思い出さずにはいられないようです。

ちなみにこの詩は起句の平仄が、二四不同・二六対になっておらず、規則に反しています。さらに承句も四字目が孤平です。獄中で作った詩だけに細かい点まで注意が行き届かなかったのかもしれません。