伊藤博文の漢詩(15) 地中海看月(地中海に月を看る)
作者
原文
地中海看月
征帆日日向西開
客夢歸家已幾回
喜見黄昏波際月
今朝又照故園來
訓読
地中海に月を看る
征帆 日日 西に向かひて開く
客夢 家に帰ること 已に幾回
喜び見る 黄昏 波際の月
今朝 又た故園を照らし来たる
訳
地中海で月を見る
来る日も来る日も西に向かって帆を開いて船は進み
もうすでに何回、日本の家に帰る夢を見たことだろうか
そんななか、喜んで見るのは夕暮れに波のかなたからのぼって来る月
あの月は今朝、故郷を照らしてきた月なのだ
注
征帆:「征」は旅。旅ゆく船の帆。
客夢:「客」も旅。旅先で見る夢。
今朝:伊藤がいる地中海の時間で「今朝」ということであろう。つまり、そのころ日本は夜で月が故園を照らしていたのである。
故園:故郷の家の庭。転じて故郷。
餘論
明治15年(1882年)、憲法調査のためヨーロッパに派遣された伊藤が、地中海を航行中に詠んだ詩です。同年3月14日に横浜を出発した一行は、4月29日にエジプトのカイロを出航して5月7日にイタリアのローマに到着し、その後は陸路でドイツに向かっていますので、この詩に詠まれたのは初夏の月ということになります。
古来、詩歌で月は過去や遠く離れた地(特に故郷)を思い起こさせる存在として詠まれてきましたが、この詩もその伝統をきっちり踏まえて作られています。今見ている月は故郷を照らした同じ月だ、という趣向は、阿倍仲麻呂の「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」と同工であり、伊藤自身も当然意識していたものと思われます。仲麻呂は結局日本に帰って来ることがかないませんでしたが、それだけに、「自分は必ず日本に帰って日本の憲法を作り上げてみせる」という意気込みもこの詩に秘めていたかもしれません。
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