大正天皇の漢詩 聞鼠疫流行有感(鼠疫の流行を聞いて感有り)

作者

原文

聞鼠疫流行有感

如今鼠疫起東京
我正聞之暗愴情
一掃祲氛須及早
恐他刻刻奪民生

訓読

鼠疫の流行を聞いて感有り

如今 鼠疫 東京に起こる
我 正に之を聞き 暗に情を愴ましむ
祲氛を一掃するは須らく早きに及ぶべし
恐る 他の刻刻と民生を奪ふを

ペストの流行を聞いて感じることがあって作る

目下、ペストの流行が東京に起こっている
私はこのことを聞き、ひそかに心を痛めている
この悪しき気を一掃することはスピードが必須である
恐ろしいのは刻刻と民の命と生活が失われていくことなのだ

鼠疫:ペスト。ペスト菌がもたらす感染症。ネズミなどの齧歯類を宿主とし、ノミなどが媒介してヒトに感染する。感染者の皮膚は内出血によって黒紫色に変化することから「黒死病」とも呼ばれる。抗菌薬による治療が行われない場合、致命率は6~9割に達する。有史以来、複数回のパンデミックを引き起こしてきた。14世紀の大流行では、ヨーロッパの人口が激減し、労働力不足により社会システムの変化がもたらされた。日本では江戸時代までは発生の記録はないが、明治33年(1899年)に最初の流行が発生した。その後も断続的に流行し、この御製詩が読まれた明治36年(1902年)にも5月にインドから横浜に入港した船で患者が発生、その後、一時期、横浜・東京で感染が広まった。
如今:いま。現今。たったいま。
:暗に。ひそかに。人知れず。
:いたむ。かなしむ。いたましい。
祲氛:悪しき気。不吉な気。
:三人称代名詞。ここではペストを指す。
民生:人民の生命と生活。

餘論

コロナ禍のただ中の今ということで、百年以上前、東宮時代の大正天皇がペストの流行を憂えて詠んだ詩を紹介します。

結句の「刻刻奪民生」はまさに現在の日本と世界の状況であり、身につまされます。それだけに転句の「須及早」という言葉の重みと、その実践の難しさを実感させられます。