林羅山の漢詩(3) 武野月(武野の月)
作者
原文
武野月
武陵秋色月嬋姸
曠野平原晴快然
輾破靑靑無轍迹
一輪千里草連天
訓読
武野の月
武陵の秋色 月 嬋妍たり
曠野 平原 晴れて快然たり
青青を輾破して轍迹無し
一輪 千里 草 天に連なる
訳
武蔵野の月
武蔵の国の秋景色は月があでやかで美しい
広野、平原は晴れわたって気持ちがいい
月は青々とした草の上を転がりながらも轍の跡を残さず
一輪で千里を行き、草原は彼方の空まで続いている
注
武野:武蔵野。武蔵国(現在の東京都+埼玉県)の野原。江戸開府以前は広々とした原野で、古来、和歌などで月の美しい草深い広野として描かれた。
武陵:本来、現在の中国湖南省にあった地名だが、ここでは武蔵の国(現在の東京都・埼玉県)を唐風に呼んだもの。
秋色:秋の景色。
嬋姸:あでやかで美しい。
輾破:「輾」はころがる、ころがす、車輪や磨り臼がまわりながらものをひきつぶす。「破」は強調の助字。
靑靑:青々と草木の茂っているさま。
轍迹:「轍」は車輪の跡。
餘論
江戸時代初めの武蔵野の月夜の景色を描いた詩です。転句は月を車輪に見立てながら、「草原の上を転がっていくのに轍が残らない」という機知です。江戸後期の詩人たちの洗練された作品に比べると、ややぎこちない感が否めませんが、「武蔵野の月」という王朝時代から和歌に詠まれたテーマに漢詩という表現形式で真っ向から取り組んだという点で、意義ある詩でしょう。詩人たちは江戸時代を通じて日本独自の情景、テーマを日本人の感性で漢詩に詠むという課題に取り組み、それを成し遂げていきますが、この詩はその最初期に位置するものといえます。
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